例えその名前は知らなくても「東濃ヒノキ」って言えば誰もが知ってる事でしょう。
でも、平成の大合併で加子母村って自治体は無くなって、今では「岐阜県中津川市加子母」。
そこを訪れてきました。
実は加子母だけが目的ではなくて、今年の全国植樹祭が岐阜県で開催されたのです。そしてその記念行事「全国林業者大会((第35回全国林業後継者大会)」が岐阜県高山市で開かれたのです。
その前日(19日)に、加子母を訪れたと言うわけです。
当初の予定では19日はのんびり高山まで行って、次の日に備えるつもりだったのですが、全林研副会長の井上君が「どうせなら加子母村に行ってみよう!僕が車を出すし、田爪さん(もう一人の副会長)も来るから・・」って事で、今まで行った事無かったし、それならって事で10日前に決定。
下呂温泉駅でお昼頃待ち合わせという事になりました。
でも、昼頃までに下呂温泉駅という事は逆算すると、広島駅発が7時の新幹線・・・家を6時発。
「少々強行かな?」とも思ったけど、どうせ井上君が運転するんだ。と思って眠い目をこすりながら我が家を出発。
(後で聞いた話だと井上君は埼玉を4時に出発して一路高速を飛ばしてきたそうです。(^_^;)
久しぶりの列車の旅でしたが、ここ最近は椅子に座るとすぐに眠る癖(?)が有るので、新幹線から名古屋で高山本線に乗り換えて、あっと言い間に下呂温泉着。
すでに井上君は待っててくれました。
その時、彼が車で来ると言った訳が分かりました。
真っ赤な新車。それもマイナーチェンジしたばっかりの、今流行のハイブリッドカー。
気分はサイコー!のはずなのに外は土砂降り・・・・
喜んで良いのか、悲しんで良いのか・・・(^_^;)
それはともかく、真っ赤な新車は3人を乗せて一路加子母へ・・・Let's go!
実は加子母村で私たちを案内してくれるのは、井上君の大学の後輩(井上君の後輩って事は私の後輩でも有るのだが・・・実は井上君とは大学の同級生)で今は岐阜県立森林文化アカデミー教授の原島教授。
その原島教授のお薦め人物がここ加子母に居るらしい。
道の駅で食事をしながらその方を待ってると、おいでになった。
どこか人なつっこい顔で、くまのぷーさんが人間になるときっとこんな感じになるんだろうなぁ〜って感じの人、その人は安江鐵臣さん。
実はこの人、岐阜県林研の副会長。
そして中津川市の職員で同行してくれるのが内木さん。
話を聞いてみると、内木さんは私たちと同じ大学。
卒業年度を聞いてみると・・・同じ年・・・
井上君と過去を振り返りながら考えてみたけどはっきりは思い出せなかった。
そりゃそうだ。同期だけで200人近く居るし、研究室が違えば普段顔を合わせる事もほとんど無いし。
それでも色々話をしてみると何となく見たことがあるような気が・・・
(^_^;)
何はともあれ、こんな所で初めてあった様な、それでいて昔から知り合いの様な奇妙な6人が加子母の山を歩き回りました。
・・・・・内容は・・・・長くなってきたので、また明日(^O^)v

(写真奥から、田爪さん、安江さん、井上君、内木君、原島さん)
さて6人が揃った所でまず最初に向かったのは「ふれあいのやかた かしも」
100%加子母産のスギ、ヒノキを使った木造建築物です。
ヒノキ風呂のような純和風の施設から、スギ、ヒノキの大断面集成材まで今昔の技術を駆使して作られた交流施設です。
ここでは、一人のうら若き女性が管理人として働いてらっしゃいました。
東京出身で、京都の大学で林学を学び、加子母村に惹かれてこの地に飛び込んだ方です。

加子母を紹介する時の彼女の顔は本当に嬉しそうで、聞いているこちらまでなぜだか嬉しくなってきました(^_^)
(その証拠に、隣に写ってる二人の嬉しそうな事・・・(^o^)
そうこうしてるうちに、雨も小降りになってきたので早速安江さんの山を見学に行く事になりました。
お宅の前を通って約5分。山と行っても林道を何キロも。って感じではなく本当に裏山、里山って感じの所です。
が、そこに立ってる樹は紛れも無く加子母ヒノキ。
見事に枝打ちされた80年を超える林相には圧倒されるばかり。

もちろん経営として林業を営んでいらっしゃる訳ですから、収入の為に伐採します。
でも極力皆伐はせずに間伐の繰り返し。
そして空いた空間は複層林。
お世辞にも、すべてが通直なヒノキばかりとは言えませんが、あの枝打ちには一同唖然・・・
10年生のヒノキの胸高直径4cm、枝打高5m・・・
これで育つんかいな???って疑問も湧くけど、これまでこれでやってこられたわけだし
伐倒された株を見ると初期からなんと目の詰んでる事!
う〜む、これでも育つんだ・・・(^_^;)
その後もあちこちと大木を見せつけられ、加子母の林業を垣間見た気持ちです。
あっ!でも、すべての山がこのように手入れされているとは限りません。
林業不景気の波は加子母でも例外ではなく、意欲をそがれた所有者の山はやはりそれなり。
で、それなりの山からはそれなりの収入しか得られません。
最後に、施主さんに立木1本丸ごと買ってもらった約100年生ヒノキの切株を見せてもらいました。

真ん中の十字は、何とかと言う儀式に使う為の切れ込みだそうです。
(聞いた時にメモしたのだけど、そのメモが何処に行ったか分からなくなってしまった・・・(ToT)
一通り山を案内して頂いて、安江さん宅でちょっと休憩。
薬草茶をごちそうになり、その時出して頂いた茶菓子に一同、目がまん丸!

見た目は普通の干し柿なんですが、なんと冷凍。
でも、全く固くない。
なんでも糖分が多いから冷凍しても固くならないらしいです。
夏場に冷たい干し柿。
アイスクリームなんかより、遙かに美味。
干し柿に目のない私は、何個もいただいてしまいました。(^_^;)
その後も、手作りこんにゃくなど今まで口にした事の無い物を食べさせて頂き満足満足(^_^)v
話は尽きず、名残惜しいのですがこれから高山まで行かねばならない身としては(運転は井上君だけど・・・)お礼の口上だけ述べて安江さん宅を後にしました。
雨も本降りになってきて、そろそろ高山に向かわねば!と思って居た所で、誰が言い出したのか「歌舞伎小屋を見に行きましょう!」
うん?歌舞伎小屋?
なんだそれ?
って、感じで車に揺られる事約5分。
目に飛び込んできたのは、いかにも歴史を感じる岐阜県指定重要有形民俗文化財「明治座」

(雨が強く降ってたので全景は取れてません。。。あしからず・・・)
地区110年を迎える立派な芝居小屋。
使われている木材はもちろん地元の木で、作ったのも地元の人たち。
職人さんでは無く、地元の人たちが汗水流して作ったそうです。
よく見ると、そこかしこに素人大工の跡も見えますが、そんな事は些末な事。
15mにもなろうかと言うモミの梁。丸太を二つに割って左右に配置した桁。
復元して今に至ってるそうですが、当時の様子がかいま見られるようです。
楽屋に回れば、明治、大正、昭和と旅役者さん達の落書きや、戦時中の戦意高揚のための落書き・・・
舞台下(奈落と言うらしい)には、廻り舞台の細工

数人がかりで回すそうです。
大正から昭和初期にかけては、このような芝居小屋が集落ごとに有ったらしいのですが、現存するのはこの明治座のみ。
7月には「中村勘三郎襲名披露公演」も有るそうです。
最後に「明治座維持補修基金」に協力させてもらい、領収書代わりの割り符に名前を書いて明治座に足跡を残して来ました。

再度、「ふれあいのやかたかしも」に戻り建物の中を見学しながら、色々と説明を聞いてると、今度こそ本当にタイムアップ。
なごりおしいのですが、原島さん、内木さん、善田さんに別れを告げて(と言っても翌日再び一同に集うのですが・・・)
雨の中、井上君の運転で(^o^)高山に向かいました。
指定のホテルに入って一段落する間も無く夕食。
今日の夕食は名産の飛騨牛の焼き肉。
宮崎県の方々と一緒に舌鼓を打ちながら夜は更けていくのでした。(^o^)v
これにて加子母紀行は終了!



