日 時 : 平成15年5月24.25日
場 所 : 奈良県、和歌山県
視察目的 : 木造建築視察
視察団体 : 広島県西部木青会
林業と言う生業に身を置いていて、数十年。木工という趣味にどっぷり浸かって早数年。
今まで色々なところに視察にも行って来たけど、物の見方が少しずつ変化してきました。
今回の視察は奈良、和歌山。
目的は神社仏閣と木造建築小学校の視察。
じゃ、奈良のどこを見に行ったのかと言うと、ごくごく在り来たりの法隆寺と東大寺大仏殿です。
実は、生まれてこの方、奈良には行ったことが無くて(正確には学生時代に東京−広島間の帰省はバイクで行き来してたから、通ったことは有るんだけど観光目的は初めてです。)
24日の朝6時30分集合。バスはいつもの廿日市交通さん運転手はいつもの○○さん。
実はこの運転手、廿日市交通の社長なのだが、何故だか私たちが頼んだ時にはいつもこの人。
ついでに、旅行の最中はいつも一緒の行動。もちろん食事も宴会も・・・
そんなこんなで和気藹々と出発したのだが、なにせ飲み助が集まった様な会だから出発と同時にやれビールだ、ウィスキーだと始まる。
その結果は・・・全部のサービスエリアに止まる事を目的としてるんじゃないかと間違うほどに止まる。
サービスエリアを出発した途端に「ちょっと、トイレ!」
おいおい、君たち!何しにきたんだい?
それでも目的地には定時に到着するのだから、社長の腕が良いのか、あらかじめそれを見込んだ特別な予定が立てらててるのか?
そのあたりは定かではない。
途中で野暮用を済ませて(これが本来の目的でも有ったのだけど・・・)
お昼過ぎに法隆寺門前に到着。アルコールでただれた胃袋に無理矢理昼食を詰め込んですぐさま法隆寺へ。
普通の人達は法隆寺などのお寺に訪れた時には、国宝のお釈迦様などを拝み倒す様に見学するのだけど
私たちはちょっと違う。
会の名前の通り、木材を生業としてる青年(?)の集まりが旅行に行くと
お釈迦様を横目で身ながら
「この木は何だ?」
「お〜、こんな大きな一枚板は見たこと無いぞ!」
「この柱の組木はどうなってるんだろう?」
たま〜に、像を見てるかと思うと
「お〜、クスの一本彫りだ!」
などなどとわれを忘れて拝観(?)してます。
それほどまでに興奮してる物だから、わたしゃとんでもない失態を演じてしまいました。(T_T)
それが起こったのは法隆寺金堂内。
金銅釈迦三尊像や金銅薬師如来座像などの国宝級の如来様が鎮座している中で写真を撮ってしまったのです。
それも、それら如来様が納められている大きな一枚板の扉に向けてフラッシュを焚いてしまったのです。
あんな所でフラッシュなどもってのほかだと、常識では判っているのだけど・・・ハァ〜(T_T)
(これがその写真です。)
あとで、仲間たちに言われました。
「金堂の中で写真撮って怒られた人は沢山いるだろうけど、如来様にお尻を向けて写真撮って怒られた人は初めてなんじゃないかな?」と・・・
はい、その通りです。こんなバカは私だけでしょう。と反省をいたしました。m(_
_)m
しょっぱなから、落ち込んでしまってもしょうがないのでなんとか空元気を出して次なる夢殿へ
ここでは充分注意をしながらじっくり拝観しました。
八角形の夢殿は、外と中の柱も綺麗に八角形になってました。
如来様は・・・そう言えば見るの忘れた(^_^;
次に訪れたのは、東大寺。
実は私、恥ずかしながら東大寺の名前は知ってたけどなんでこんなに有名なのかさらさら記憶無かった(^_^;
でも駐車場から降りて遠くから見渡した時に、普段「感動!」などとは全く縁の無い私が「感動!」した。
今から千数百年前に、これだけの巨木を集めて、これだけの巨大な木造建築を作った人達を、その作っている様を、見てみたいと思った。
大仏の大きさもさることながら、創建当時はこの1.5倍もの大きさがあったと知って二度目の感動!
あれ程の物をどうやって作ったのか?
人類の智恵の深さにはほとほと感心させられる。
金堂の中を一通り堪能したところで時間となり、二月堂、正倉院へは行くことが出来ず残念な思いをした。でももう一度訪れる楽しみが出来たので良しとしましょう。
夜は美味しい物をたらふく食べて、大いに遊んだのであるが・・・詳細は伏せておこう(^_^)
翌25日
今日の目的地は、和歌山県高野山の麓にあるその名も高野口小学校。
待ち合わせ場所の高野口駅前にたどり着いた私たちを迎えてくれたのは、いかにも趣の有る葛城館。
何でも、金剛峰寺御用達の旅館で建築は明治末〜大正頃と推定され3階建て。
興味津々でのぞき込んでいると主催者の方の取り計らいでなんと中まで拝見させて頂けることになりました。
そこで見た階段はまるで映画で見た寺田屋の階段。
本当にこんな階段が有ったんだ。とちょっと嬉しくなりました。(^_^;
今でこそ、物静かな駅前の風景ですが当時の賑わいを彷彿とさせる物が有りました。
さて、葛城館の視察(?)も一通り終わったところで本日のメイン高野口小学校。
昭和11年の建築で現在老朽化、耐震性の問題で建替えが検討されているとの事でした。
構造は木造平屋、桧材を主に使い柱は五寸柱を約五〇〇本。小屋組にはトラスを用いて新旧・和洋の技法が混在した大変貴重な学校建築と言える。と、書いてあった(^_^;
校舎平面図
特徴的なのは、長大方向の長さ80mで、各校舎はE字型に配置されているという変わった建物である。
また、現在でも建具は当時のままの木製であり、金属製建具に交換されてない校舎は、まるで映画の一場面に入り込んだ様な不思議な感じでした。
調査の結果、現在でも僅かな修理で充分に使用に耐えうるとの事。
懐古主義で「このまま使いなさい。」と言うのは簡単な事。でも利用している人達がその事をどう思っているのだろうか?
確かに新しい校舎になれば、便利だし、機能的になるだろう。
その辺の事も充分に考えた上で、出来れば今の姿を残した機能的な改築は出来ないものだろうか。
そんな事を考えながらバスに乗り込んだ。
のだが、すぐに寝てしまった・・・終わり。
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